丹波の湯周辺には心洗われる自然や風景、魅力的な観光施設が沢山ございます。
丹波の湯にお寄りの際は是非、下記で紹介している場所も訪れてみてください。






紅葉の名所として全国的に名を馳せる丹波三山。高源寺・円通寺・石龕寺のことを総称して丹波三山と呼ばれています。

岩屋山に鎮座する石龕寺は、用明天皇の丁未年(587年)、聖徳太子の開基と伝えられ、聖徳太子が潔く帰依された毘沙門天王をを本尊とする真言宗の古刹です。石龕とは、石窟・岩屋のことで石窟内に仏様を祀ることを意味します。石龕寺奥の院に石窟があり、ここが石龕寺の発祥となりました。仁王門(山門)の金剛力士立像は、仁治3年(1242年)仏師・肥後法橋定慶の作で、国の重要文化財に指定されています。天正7年(1579年)織田信長の丹波攻めに遭い一山ことごとく焼失しましたが仁王門だけが焼け残りました。南北朝時代には足利尊氏とその子義詮がこの地に身を寄せたことが「太平記」29巻に記されており、このとき、石龕寺の僧が足利氏に名物の丹波栗を献上し、義詮はその一つに爪痕をつけ、「都をば出て落ち栗りの芽もあらば世に勝ち栗とならぬものかは」と歌い添え、もしこの栗が芽を出せば、都に出て天下を取ったものと思ってくれと言って植えて去っていき、首尾よく足利氏は天下を取り、今でもその栗の木は「爪あと栗」、「ててうち栗」として伝えられています。





 

紅葉の時期にはもみじ狩りの観光客が多く訪れる丹波有数の紅葉の名所として知られており、境内を埋め尽くす緑、オレンジ、黄、赤など色鮮やかな紅葉が境内の池の水面を染める姿は壮観です。   中国杭州で修行した僧、遠谿祖雄禅師が後醍醐天皇より号を得て開山し、かつては末寺数百を数えた名刹で、三丹随一の紅葉の名所、丹波紅葉三山の一つとして知られたもみじ寺です。紅葉の見頃には山門の横にある紅葉公園でお弁当を広げるもみじ狩り客でにぎわいます。





丹波の歴史を辿る旅。確かに存在した歴史ロマンがここに。


岩尾城は、和田日向守斉頼が永正13年(1516)に築城したと伝えられています。その子、作右衛門師季が跡を継ぎましたが、明智光秀の丹波攻略によって天正7年(1579)に落城。
その後、天正14年(1586)になって近江から佐野下総守栄有が入部して城郭を改修。しかし、豊臣秀吉の命によって廃城となり、慶長元年(1596)に破却されたと伝承で残っています。
現在は貴重な城跡として保存され、ハイキングコースとしても親しまれています。城跡はもちろん、蛇山頂上部の天守台を中心に本丸周辺に残る石垣の素晴らしさは必見の価値有りです。



小新屋観音は、永正7年(1510)この地を領していた、岩尾城主和田日向守斎頼(ときより)公の霊夢で、「我年久舗石金山ニアリ今ヨリ鍵掛尾ノ麗清水ヲ前ニシテ安置セヨ子孫迄守護セント御告ゲ有リ夢覚メヌ、或夜、石金山ニ紫雲タナビキ観世音石船二ツニ乗リ給ヒ鍵掛尾ノ麗ヘ飛ビ給フ」城主誠御告げなりと四間四面の神殿造の本堂と小庵を建立、自ら「観音院」と名付け格式高い祈願所としたのが基まりで、其の後幾多の変遷を経て、今では、霊験新な観音様として親しまれ善男善女のお参りが絶えません。



常勝寺は孝徳天皇の大化年間(645~650年)、インドより渡来した法道仙人によって七堂伽藍が建てられ開基された天台宗の寺院です。
永保年間(1081~1084年)天災により消失しましたが、泉州梶尾山の浄意上人が本堂をはじめ諸堂を再建したがその年代は判明しておりません。その後、寺勢は増し120余りの堂坊甍をつらねるほどになりましたが1575年(天正3年)、戦国動乱の兵乱により全山が焼失しました。1697年(元禄10年)良海法印により本堂が修復され、慈眼院、松林院、普賢院、蓮乗院、宝樹院の五ヶ院が再興されましたが、現在は慈眼院のみとなります。



「薬草の里、山南町和田に鎮座する古社で、既に平安時代には国から幣帛を頂く延喜式内社に列格し、古来より通称『さみやさん』で親しまれています。主祭神に若沙那賣命、相殿神に八幡大神を奉斎し、若沙那賣命は稲(いね 即ち いのちの根)を司っておられ、早乙女の様にお若くて清らかな少女神様で、八幡様と共に、健康長寿を始め五穀豊穣・厄除・交通安全・心願成就の守護神として広く崇敬されています。特に正月の初詣、1月第三土日の厄除大祭、7月25日の天神祭(夏祭り)は多数の参拝者で賑わいます。



このお堂は昭和49年に県指定文化財に指定されております。現在の建物はたびたび修理が加えられており、同じ棟札に野瀬倉山仏光寺薬師如来堂に記され棋山六ヶ村中が施主となっています。また、建物の西北隅の柱に天正時代の兵乱の時、明智軍がつけた刀傷だと伝えられている跡が残っております。











遥か古代に棲息した恐竜。丹波で発見された丹波竜の息吹を身近に感じてみませんか?



丹波竜化石工房「ちーたんの館」では、国内最大級の大型草食恐竜(丹波竜化石)の発見から現在も続く化石発掘調査の様子や丹波竜化石クリーニング、恐竜の世界や化石・地層などがわかりやすく学習できる情報発信の施設として大好評のちーたんの館。原寸大の丹波竜の骨格図を壁面にダイナミックに表現。またレプリカと発掘現場で実際に使用したハンマー等の用具で臨場感のある発掘現場を再現し、発掘現場体験等イベントも開催。ご家族お揃いで是非ご来館ください。








丹波市の南東の端に位置する上久下(かみくげ)地区において、
平成18年8月7日に1億3千万年前の地層から大型草食恐竜の化石が発見されました。発見者によって「丹波竜」(愛称)と命名されました。現在、1次・2次発掘によって多数の化石が産出されていますが、全身骨格が出土すれば世界的な発見となります。ちーたんの祖先が1億年も前にこの地に住んでいたと考えると感慨深いものがあります。上久下(かみくげ)地区には他にも上久下村営発電所跡(有形文化財)や川代公園、キャンプ場、つり橋、神社などみどころ満載です。是非お越し下さいませ。















上記で紹介した以外に丹波にはもっと沢山の魅力が詰まっています。「食」「癒」「楽」「知」「観」「遊」、丹波には全てが詰まっています。
詳しくは下記WEBサイトにアクセスしてください。知れば知るほど好きになる丹波を「丹波の湯」共々、どうぞよろしくお願い致します。


 
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